令和4年「秋の全国交通安全県民総ぐるみ運動」は、9月21日~30日までの1週間“マナーアップ!あなたが主役です”をスローガンに行われています。労働安全と共に、交通安全にも尚一層努めてまいりましょう!よろしくお願いします。
さて、前回は、高校を卒業して日産栃木工場に入社したいきさつ等について述べましたが、今日は、労働組合との関りについて述べたいと思います。その前に、鋳造工程に配属になり、作業に就いたことは前回もお話ししましたが、鋳造について説明します。鋳造というのはつくりたい製品の形をした型を使いながら、鉄や銅、アルミニウム合金などを溶かした液体を流し込んで金属製品をつくる技術です。そこで用いる型を鋳型といい、その材質により金型・砂型・石膏型などさまざまな種類があります。古来では大仏や南部鉄瓶、今は自動車のタイヤホイール、シリンダーブロックエンジンなどが鋳造で製作されています。私が担当したラインは、パルサー、ラングレー、など今はない昔の車ですが、1500㏄のシリンダーブロックを製造していました。職場は、熱職場で危険が多く安全については厳しく指導されました。「怪我と弁当は自分持ち」という言葉を何度も聞きました。これは、“怪我をするようでは一人前の職人とは言えない。自分の弁当も用意できなければ一流と言えない”という意味です。私の解釈は、細心の注意を払い絶対怪我はするなという理解でした。(※怪我については、痛みは自分の責任ですが、労災となると金銭面や、休業の保証は元受けの会社が負担することになります。)
今でも忘れられない出来事がありました。入社して間もない頃でした、隣の工場で重大災害が発生したのです。この時は、製造ラインは停止し、毎日職場で対策会議が行われました。自分の工程に置き換えて、同様の作業が発生したらどのように対応するのか、皆で話し合いました。とにかく、対策が終わるまで生産活動はストップ、これを主導したのが労働組合でした。労働組合は、組合員の安全確保が図られ、二度とこのような重大災害が発生しないこと。これが守られなければ、生産活動はさせない。ということで毎日、組合執行部と会社による安全対策会議が開かれました。この時に労働組合の存在意義を知り、率直に労働組合は凄いなと思いました。結局、対策は全設備に安全柵を取り付ける事、柵が付けられない設備はセンサーで対応することになり、対策が完了して安全が確認されてから稼働することになりました。最後の設備が完了するまで半年くらい要した記憶があります。労働組合は、春闘で賃上げ要求!ストライキ!と過激なイメージでしたので、そのことが払拭できた出来事となりました。今でも労使による安全パトロールは勿論、長期連休前の労働安全、交通安全、事故防止の立哨指導などが行われています。私は、“組合員の雇用と暮らし命を守る”このことが脈々と受け継がれているこの労使に学び、連合栃木の仕事をさせていただいていること改めて、誇りと責任の重さを痛感しています。
もう一つ、印象に残っているものですが、日産労組には、青年女性で構成された青年部がありました。入社当時の職場では、新入社員歓迎のソフトボール大会、成人祝賀ボーリング大会などは、青年部主催で行われていました。とにかく若い世代が多く、活気がありました。日産労組青年部は、秋に三ツ沢競技場や駒沢競技場を貸し切り、全国の仲間が結集して「統一体育祭」が行われました。当時栃木支部から、大型バス40台を貸し切り選手や応援団、約2千名が参加し、観客席は1万5千人の満席でした。そのスケールの大きさに圧倒されその光景が、今でも脳裏に焼き付いています。それに増して感慨深いものは、統一体育祭に至るまでの道のりです。個人競技はそれぞれ独自に練習を重ねて臨みますが、団体競技は全体練習が中心ですので指揮官がいります。それを担うのが青年部役員となるわけです。団体競技の中でも最も力が入った競技は、最終種目でメインイベントのムカデ競争です。5人、10人、15人の各2グループがリレー方式でグランドを一周して争われるもので、職場で予選会から勝ち上がった選抜チームが、練習やタイムトライアルと全て担当します。入社当時は、参加者でしたが、役員になった3年目からは、毎日就業後、昼休みは応援合戦の練習と、当時は、車会社に入社したのになぜなんだろうと疑心暗鬼になったものです。今振り返ると、組織論や規律規則を学んだこと、当時の苦労が今に活かされていると感じています。30年前になりますが、青年部から名前もフリーウェーブとなり、統一イベントも現在は、各支部選抜チームのスポーツやゲームの大会などに変わり、様変わりしました。古き良き時代と言ったらいいのかわかりませんが、今、コロナ禍ということもあり、人と人が中々集まれなくなっていますが、コロナの前に戻ることは厳しいかもしれません。日産労組栃木支部の合言葉“集まること、話し合うこと、協力し合うこと”ですが、集めることが難しく、中々集まらないという話をよく聞きます。自分の興味があるものには、積極的に参加しますが、そうでないものは敬遠されがちです。大勢が一堂に集まることだけが“集まること”ではないと思います。皆で知恵を出し合い、共感できる魅力ある活動を展開していただきたいと思います。
長文になってしまいました。最後までお付き合いいただきありがとうございます。次回は、3年間販売店に出向した時のことついてお話ししたいと思います。